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プロ野球チーム「読売ジャイアンツ」



セントラル・リーグに所属する読売ジャイアンツは「巨人」とも呼ばれ、日本で最も歴史のあるプロ野球球団です。日本プロ野球界の盟主として、数々の輝かしい栄光をつかんできました。そのあまりの強さに、他球団は打倒ジャイアンツを掲げることが多く、ファンのなかにも、ジャイアンツだけは勝たないでほしいという「アンチジャイアンツ」がいるほどです。

日本初のプロ野球チーム

日本初のプロ野球チーム

1934年、読売新聞社が中心となって、アメリカ大リーグ選抜を招待し、その試合相手として全日本軍が結成されました。この全日本軍の選手を中心に、のちの読売ジャイアンツとなる、大日本東京野球倶楽部が作られたのです。1935年に、大阪野球倶楽部(現在の阪神タイガース)ができ、翌年には各地でできた5球団を加えて日本職業野球連盟が設立されました。これが現在の日本野球機構につながっており、リーグ戦43回の優勝、22回の日本一など、ジャイアンツの栄光の歴史の始まりとなっています。

最大の栄光「V9」

最大の栄光「V9」

日本のプロ野球で、最多の優勝回数を誇るジャイアンツですが、なかでも最大の黄金期といえば、1965年から1973年まで、実に9年連続でリーグ優勝と日本シリーズ制覇を成し遂げた「V9」でしょう。川上哲治監督のもと、V9の頭脳の異名をとったキャッチャーの森昌彦選手や、柴田勲選手、土井正三選手、堀内恒夫投手などを擁し、そこに王貞治選手と長嶋茂雄選手という2人のスーパースターを加えた、バランスのとれたチーム構成で、優勝をさらっていました。この時期のジャイアンツは、王選手がホームラン王を独占し、最多打点を王選手と長嶋選手で分け合うなど、攻撃力の強いチームでした。しかし意外にもV9の期間中、規定打席に到達した選手のなかで打率が3割を超えた選手はおらず、チームワークでチャンスを作って王選手と長嶋選手が返すという、今で言うスモールベースボールが特徴でした。

メークドラマとメークレジェンド

メークドラマとメークレジェンド

ジャイアンツが残した伝説といえば、「メークドラマ」を忘れるわけにはいきません。1996年に、長嶋監督率いるジャイアンツは、開幕前からロケットスタート宣言していたにもかかわらず出遅れ、7月6日には首位と11.5ゲーム差がつき、早くも優勝は無理かと思われました。しかしジャイアンツが7月中旬から巻き返しを見せると、長嶋監督は7月16日に20号ホームランを放った松井秀喜選手に期待して、「メークドラマが実現する」と発言しました。それから快進撃を続けたジャイアンツは、8月20日、100試合目にして首位に立ち、そのまま奇跡的な逆転優勝を果たしたのです。

1996年シーズン以降、ジャイアンツが首位からゲーム差をつけられると、マスコミなどに「メークドラマ」という言葉が見られるようになりました。また1996年以上の差がついたときには「メークミラクル」という言葉が誕生し、逆転劇を期待しましたが、大差をつけられてからの逆転優勝は簡単ではありませんでした。2008年、好調なスタートを切ったタイガースに対して、ジャイアンツは低迷してしまいます。7月8日には「メークドラマ」を超える13ゲーム差をつけられ、7月22日にはタイガースに優勝マジック46が点灯しました。しかしそこから、坂本勇人選手など若手選手の台頭や、小笠原道大選手などベテラン選手の復調もあり、ついに9月21日、タイガースに同率で追いつきます。それから一進一退が続いたものの、10月10日に残り1試合でタイガースを振り切り、優勝を果たしました。13ゲーム差からの逆転は、セントラル・リーグ記録となり、メークドラマを超えるメークレジェンドと呼ばれるようになりました。