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プロ野球チーム「福岡ソフトバンクホークス」



福岡ソフトバンクホークスは、九州唯一のプロ野球チームであり、非常に地元人気の高いチームです。20年連続Bクラスという不名誉な日本記録を残すなど、長い冬の時代もありましたが、現在はクライマックスシリーズの常連となり、強豪チームとして羽ばたいています。

地域密着の先駆け

地域密着の先駆け

1938年に「南海軍」として誕生した福岡ソフトバンクホークス。当初は大阪に本拠地を置くチームでしたが、「南海ホークス」時代を経て、1988年に福岡へと移転し「福岡ダイエーホークス」となります。1993年には福岡ドーム(現在の福岡 ヤフオク!ドーム)が完成すると、地域密着型の球団として地元に根付いていきました。所属選手やスタッフにも地元出身者を多く採用するなど、九州のシンボルとして成長していったホークスは、現在ではパ・リーグで随一の観客動員数を誇る人気チームとなりました。本拠地での試合ともなると一塁側と外野席は当然のことながら、三塁側でもほとんどの観客がホークスファンという状態になるほどです。さらには、ホークスの応援歌の「いざゆけ若鷹軍団」は、福岡県民なら誰でも歌えるとまで言われるなど、その後の日本スポーツ界が地域密着型に移行してゆく流れを作った先駆け的な存在でもあるのです。

生卵事件

生卵事件

今でこそ、すっかり強豪のイメージがついているホークスですが、かつて弱小チームの代名詞のように言われていた時代がありました。南海ホークス時代の1978年にBクラス(下位3チーム)となると、そこから1995年まで18年連続という、それまでの連続Bクラス日本記録に並んでしまいます。翌年には歯痒い思いを募らせたファンが、選手・スタッフの乗るバスに生卵をぶつけるという事件が起こります。それに対し当時の王貞治監督は「我々が卵を投げ返すのは簡単だが、これをファンの意見と取るならば、勝つ事しかないんだよ」とコメントしました。この指揮官の毅然とした態度に奮起した選手たちは、1998年ようやく連続Bクラス記録を20年連続で止めると、翌1999年には福岡移転後初のリーグ優勝、さらには日本シリーズで中日ドラゴンズを下して日本一に輝いたのでした。

黄金時代、呪縛との戦い

黄金時代、呪縛との戦い

こうして悔しい思いをバネに、冬の時代を乗り越えたホークスは、黄金時代へと突入していきます。2000年、2003年にも優勝し、その間の他の年も2位になり、好成績を残します。2004年にもリーグで1位となったのですが、この年導入されたプレーオフ制度で敗れて2位となってしまいました。2005年に「福岡ソフトバンクホークス」となると、大型補強を行ない、充実した戦力を背景に素晴らしい成績を残します。ところがリーグでは圧倒的強さを誇りながら、なぜかプレーオフで勝てないシーズンが続きます。プレーオフ制度導入後、なんと4年連続でプレーオフ敗退してしまいます。プレーオフに進出できなかった2008年を挟んで、2009年からまた2年連続でプレーオフ敗退。ファンにとっては悪夢とも言える短期決戦の呪縛でした。しかし2011年の第2戦で、それまでプレーオフで不振が続いていた松中信彦選手の代打満塁ホームランが飛び出ると、勝利を重ねてついにパ・リーグを制覇します。さらには日本シリーズも制して日本一に輝き、ホークスは実に7度目の挑戦にして、長い呪縛から解き放たれたのでした。