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野球情報

全国高等学校野球選手権大会
(夏の甲子園)



「全国高等学校野球選手権大会」は、毎年8月、各地区予選を通過したチームが阪神甲子園球場に集まり、高校野球日本一を決める大会です。日本高等学校野球連盟と朝日新聞社が主催し、「夏の甲子園」と呼ばれ、夏の風物詩となっています。

全国の野球部の頂点へ

全国の野球部の頂点へ

全国高等学校野球選手権に出場できるのは、都道府県別で行なわれる予選大会で優勝したチームだけです。2012年の全国高等学校野球選手権大会の地方予選には、3,985校が参加しました。北海道と東京都はチーム数が多いため、2つのブロックに分けて行なわれ、2校出場することができますが、その他の府県では1校ずつの合計49校だけが阪神甲子園球場に集まります。予選大会はトーナメントで行なわれるため、優勝するためには1試合も負けることはできません。厳しい条件のなかで、甲子園大会出場という狭き門を目指して、高校球児はひたむきにボールを追いかけているのです。

日本のアマチュア野球最大の大会

日本のアマチュア野球最大の大会

全国高等学校野球選手権大会の第1回大会は、1915年に行われ、当時は「全国中等学校優勝野球大会」という名称で、豊中球場で開催されました。その後、中断時期もありましたが、開催球場の変更やルールの改正を経て、2013年の全国高等学校野球選手権大会で、第95回を数える、100年近い歴史を持つ大会です。日本中で非常に人気が高く、全試合がテレビ中継され、大会の阪神甲子園球場の入場者総数が80万人を超える、一大スポーツイベントになっています。

夏の甲子園が生んだドラマの数々

夏の甲子園が生んだドラマの数々

全国高等学校野球選手権大会では、長い歴史の中で、数多くのドラマや名試合が生まれています。夏の甲子園を湧かせた選手と言えば、PL学園の桑田真澄投手と清原和博選手が知られています。1983年に、1年生ながら主力として全国高等学校野球選手権大会で優勝を果たすと、2年生のときは準優勝、3年生では優勝と、輝かしい成績を収めました。2人は名前の頭文字から「KKコンビ」と呼ばれ、プロ野球に進んだ後も注目を浴び、球界を代表する存在となりました。

1998年に行われた第80回大会では、横浜高校の松坂大輔投手が注目を集めました。準々決勝のPL学園との試合は、延長17回表に横浜が2点を獲得し勝利を納めます。松坂大輔投手は251球を投げ、延長17回を完投しました。続く準決勝、序盤に松坂投手を温存した横浜高校は、終盤に6点差を跳ね返して逆転勝利し、決勝戦で京都成章と対決します。この決勝戦で、松坂投手は圧巻のピッチングをみせ、決勝戦としては59年ぶり、大会史上2人目となる、ノーヒットノーランを達成し、優勝に花を添えたのでした。

ときとして起こる「事件」

ときとして起こる「事件」

全国高等学校野球選手権大会は、注目の高い大会だけに、ときとして議論が呼ぶような出来事も起こります。1992年、第74回大会の2回戦、松井秀喜選手擁する星稜高校明徳義塾高校の試合が行われました。松井選手は強打者として注目を浴びていて、星稜高校は優勝候補の一角に挙げられていました。そんななか、松井選手と対した明徳義塾高校の作戦は、「全打席敬遠」。結果的に、松井選手は5打席連続で敬遠され、明徳義塾高校が3対2で勝利しました。この作戦はテレビや雑誌で取り上げられ、関係者やマスコミの間で、賛否両論、様々な意見が出され、いまだに議論となる「事件」となっています。