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セーフコ・フィールド野球場で
天才のヒットを記録し続けた「イチメーター」



メジャーリーグのニューヨーク・ヤンキースのイチロー選手が、シアトル・マリナーズに所属していたとき、ライトスタンドでボードを掲げ、イチロー選手の年間ヒット数をカウントする女性がいたのをご存知ですか?エイミー・フランツという女性ファンで、手作りのカウントボードは「イチメーター」と呼ばれ、ファンのなかでも知られています。

イチローとエイミーの出会い

イチローとエイミーの出会い

今や日本だけでなく、アメリカの野球界をも代表するイチロー選手は、2001年にオリックス・ブルーウェーブ(現在のオリックス・バファローズ)からメジャーリーグのシアトル・マリナーズに移籍しました。エイミーはシアトル・マリナーズの熱狂的なファンで、イチローが入団する以前から、ホームゲームがある日は毎日と言っていいほど球場に足を運んでいました。エイミーが座る席は、いつもライトスタンド側の一番前。シアトル・マリナーズのライトを任されたイチローは、エイミーから間近に見えるポジションだったのです。入団当初は、イチローを特別に注目していたわけではなかったエイミーでしたが、イチローの野球に対する真摯な姿勢に、だんだん惹かれていきました。

イチメーターの誕生、そしてメジャーリーグ最多安打

イチメーターの誕生、そしてメジャーリーグ最多安打

イチローがシアトル・マリナーズに入団してから3年目の2004年、イチローは数々の賞の獲得やオールスターゲームの出場も果たす活躍を見せていました。観客の注目は、「イチローは、メジャーリーグの最多安打記録をいつ更新するのか」というところに集まっていました。このときエイミーはイチローを応援するために、イチローの安打数をカウントするボードをつくることに決めました。紙でつくった手作りのボードは、イチローの名前からICHI、数量を意味するMETERを合わせて、「イチメーター」と名付けられました。エイミーは「イチメーター」を持参して球場へ足を運び、ヒットが出るたびにカウントを重ねていったのです。そして、2004年10月1日のホームゲームで、イチローは84年間破られなかったジョージ・シスラーの257安打を更新。イチメーターに「257」という数字がカウントされたのです。イチローはシーズン終了には、メジャーリーグ最多となる262安打を記録し、メジャーリーグに名を残しました。

ニューヨーク・ヤンキースへ突然の移籍

ニューヨーク・ヤンキースへ突然の移籍

エイミーは、2004年以降も、イチメーターをカウントし続けました。しかし2012年7月23日、エイミーはもちろん、マリナーズのファンに衝撃が走ります。それは、イチローがヤンキースに移籍するというニュースでした。しかもその日は、マリナーズ対ヤンキースの試合が行なわれる日。イチローはマリナーズの球場で、ヤンキースのユニフォームを着て出場することになったのです。

マリナーズの本拠地で、ヤンキースのユニフォームを着たイチローに、エイミーは戸惑っていました。しかし長年応援してきたエイミーに、イチローは試合前の練習の際、スタンド越しのエイミーにお礼の声をかけてくれたのです。それまでサインもしてもらったことのなかったエイミーは、イチローにハイタッチしてもらい、さらには「イチメーター」にサインを書いてもらいました。

イチローからのサプライズプレゼント

イチローからのサプライズプレゼント

イチローからのエイミーへの感謝の気持ちは、それだけでは終わりませんでした。ヤンキースに移籍して数ヶ月後、エイミーの自宅に思いがけない小包が届きます。その中には、サインの入ったスパイクとバット、そしてイチローからの感謝の言葉を綴った手紙が入っていたのです。このサプライズは、感動のニュースとして報道され、反響を呼びました。2004年にメジャーリーグ最多の262安打を記録した「イチメーター」は、イチローのメモリアルグッズとともに、アメリカ野球殿堂博物館に飾られています。